イビサスモークレストラン

2002年10月。
20歳と8カ月。

前回のはこちら。

始まりの始まり。

 
 

浮羽の山奥、イビサスモークレストランでの居候が始まりました。

 

このレストラン、
こんな山奥にほんまにレストランなんかあるのんか??
と思えるくらいに結構な山奥にございます。

 
石積み(スタッフによる手積み)のレストラン、
無添加の手作りハム(桜のチップも自分たちで削ります)、
薪で焼いたパン、
薪で炊いたジャム、
お風呂ももちろん薪で沸かします。

 
 

やっぱりどう考えても外国です。

 

当時のオーナーは絵描きさんで昔はスペインなどを放浪していて、

ヒッピー丸出しというか、、、
仙人というか、、、

カリスマ性のかたまりみたいな人でした。

 
そんな訳で、スペイン料理屋さんです。
イビサスモークレストラン、、、
IBIZA、、、
スペインの有名な島の名前ですね。

レストランではパエリアやら自家製ハムとパン、自家製ハムのピザ、トルティージャ(スペインオムレツ)などを出していました。

 
 
イビサではスタッフ、居候合わせて10人以上おりまして、
それぞれレストランの近くの小屋とか、オーナーの家の屋根裏とか、近くの古民家などで暮らしております。

仕事は、
レストランのキッチンで働く人、ホールで働く人、
ハムを作る人、
パンを焼く人、
ジャムなどの加工品を作る人、
雑用などをする人などなど、

とにかく仕事はいくらでもあります。

 
 
そして、居候を始めた僕はといいますと、
レストランのお手伝い、薪割り、チップ削り、風呂焚きなどをしていたのですが、、、

 
ん??

 
 
薪割り??

 
 
そう、この時代に薪割りなんて、大阪からふらぁーーーーーーっと出てきた若造にはそれはそれは衝撃的やったんです。

 

とにかく全てのことが衝撃であり、感動でございました。

 
 
 

そんな中、居候が始まってほどない頃、
新たなるミッションが始まりました。

 
イビサのオーナーのプロデュースで吉井町(浮羽町のお隣、、、ちなみに今は合併してうきは市になってます) に石積みでラーメン屋を作ろう!ということになりました。

 
そんな訳で僕はニループさん(浅黒い顔でいつも怪しげな帽子を被ってるおじさん。帽子の中は腰まで届くドレッドヘア。すこぉぉぉし日本語がたどたどしい。『ニループさんはどこの生まれなんですか??』と尋ねると『ボク??エーーーーーッッット、ヤヤコシンダケドネ、、、福島県っ!』こんな感じ、、確かにややこしい。。。)と2人で軽トラに乗り込みひたすら石を運びました。

毎日毎日石を集め(めちゃくちゃ重い。。。)、
時には吉井町の現場で石積みの手伝いをし、
汗水垂らしながら暮らしておりました。

 
 
 

そんなこんなであっと言う間に居候生活も1カ月になり、
大阪に帰る用事ができたこともあり、短くも濃い寝袋の旅は、僕の中に何か大きなモノを残し終わりを迎えるのでした。

 
 
 

寝袋の旅といいながらも、結局野宿したのは最初の2日だけ。
結果的には大阪からイビサに直行した感じになった訳ですが、
何かひとつ、ほんの少しでもズレていたらイビサにはたどり着かなかった訳で、、、
 
 

そして、それから先も『何かひとつ、ほんの少しでもズレていたらこうはならなかった』が起こり続けるのです。
 
 

つづく。

 
 
 
 
そうそう、、、
 
 
 

ニループさんについて。
 
 
 

居候生活も2週間ほど経った頃、
衝撃の事実を知ることとなりました。

 
 
 

日本人でした。

 
 
 

『白井さん』でした。
 

以上。